bboyはいずれダサくなるのか。
厳密に言えばわかりやすいステレオタイプ的なbboyは世間からネタにされるような存在であることに異論はないだろう。
いわゆるダサいという状態である。
クスリもやってない
ギャングでもない
銃を撃ったこともない
上っ面だけをかすめとり現状と乖離していればそのギャップを嘲笑されるのは世の常。
また、これからbboy界にも高齢化の波が押し寄せてくる。
それはどういうことかというと、説明と忌避のリスクである。
歯に衣着せず言えば老人がやっていることを若者は無条件に嫌う。
逆もまた然りで老人は若者を無条件に否定する。
老人である、若者である、中高年である、という理由だけで。
しかし、これが全てである。
老人や中高年は「自分が最も良かったと思っている時代の価値観で停滞」していることが多く、これはもう脳の構造上致し方なく幾万年も繰り返されてきた事象である。
また、老人が増えれば増えるほど「冗長な説明」が多くなる。
説明が増えれば増えるほど物事はつまらなくなっていく。
かっこいいものに説明など不要なのである。
笑いや食べ物や、なんでもいい。
蘊蓄や説明が多くなるほど説教臭くなり、老人臭が立ち込めてくるのである。
これからの高齢化に向かい、徐々に徐々にbboyingはダサくなっていくのではないかと危惧している。