生のダンスを見に来ないとだめだ、という現場主義から導かれるある衝撃の事実

どの分野でもそうですが、現場主義を声高に叫ぶ層というのはいつでも一定数存在します。

 

とにかく現場に来て、雰囲気、迫力、エナジーを感じろ!ということですね。

 

まぁこれは一理ありですね。

 

いつでも快適な環境が用意されているわけではなく、劣悪なフロアーであったり、オーディエンスが存在することによる心理的圧迫、想像以上の音圧、気温や酸素濃度も異なり練習以上に消耗することなどとにかく多くの現場を経験することでモチベーション含め大きな経験値になるということです。

 

環境を含めた全ての要素を感じること。

 

そして何より生のダンスが発するエナジーを感じること。

 

とにかくダンスは生で見ることが一番という点については大方賛同するのではないでしょうか。

 

YoutubeでもなくDVDでもなく、ダンスの一番美味しい部分というのは直接目の前で見ることでしか味わえません。

その場所、その瞬間でしか得ることができないバイブスを感じるということです。

 

で、現場主義や生ダンスが仮に至上であるとすると、実はある問題点が発生します。

 

自分のダンスを生で見ることが不可能であり、永遠に自分の最高の状態を感じることができないという事実です。

 

何当たり前のこと言ってんだ~別に動画で見ればいーやん、となりそうですが先に述べた現場主義・生ダンスという観念がある以上、これは意外と切ない事実であったりします。

 

だからこそ、自覚していない一面や自分が感じている以上の評価を得たり、またその逆もあるわけです。

 

実際のリアルタイムな現場で自分は一体どんなバイブスを発しているのかを第三者目線で感じることができず、常に主観であるわけです。

 

例えば、ウインドミルをしている最中に、リアルタイムで俯瞰して自分のウインドミルを見ることができないが故に、生の自分のウインドミルが持つ実際の価値を正確に知ることができないということです。

 

まぁだからどーしたと言われればそれまでですが、これはどうにも解決することのできない深層的問題でもあり、価値を追い求めれば追い求めるほどに自分の本当の価値を知ることができないという矛盾をはらんでいたりするわけですね。