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パワームーバーの悲哀

続きです。

 

パワームーバーは気が遠くなるほどの時間と、労力と、それこそ交通費や場所代、体のケアに関するお金をかけ、技を習得していきます。

そしてその維持にもまた膨大な犠牲を要するという、もはやドマゾか仙人か孤高の人かと言った高みに位置する存在と言っても過言ではないでしょう。

 

しかし時の流れは残酷なものです。

 

時が経ち、年を重ねるごとに体は衰え、自由な時間が減り、出来ていたことが出来なくなり、新しい技を覚える情熱が消え失せ、段々と過去の人になっていくのです。

 

パワームーバーの旬は非常に短いです。

 

それはトップ層に居続け、進化し続けること、という意味もそうですし、単純に上記の理由により徐々に衰えていくためです。

 

それに一番大きな理由は怪我でしょうか。

 

どれだけ上手くても一回の大きな怪我で一線から退くことを余儀なくされます。

自分が退いている間にも世界中のbboyは進化することを止めず、気が付いたら置いてけぼりを喰らってしまっている焦燥感や虚無感に耐えられるでしょうか。

また、そもそもパワームーブ自体を諦めなければいけないような致命的な怪我を負うこともあるでしょう。

パワームーバーは怪我から逃げることはできません。

必ず怪我をします。

 

諸々の理由から、長い間維持することができないのです。

50歳になった時に、若い時のようなパワフルなパワームーブが出来るでしょうか。

 

長くは続けられない、それはパワームーバー自身が一番よくわかっていることだと思います。

 

ただ、それがゆえパワームーバーは非常に美しい、と考えています。

 

散ることをわかっていながら一瞬の煌めきに身を焦がす

 

その動きや精神性を含め、あらゆるダンスの中でも異質の存在です。

 

裏を返せば、そのために深い後悔の念にさいなまれることもあるでしょう。

 

たった一時のためになぜあれだけのものを犠牲にしなければならなかったのか。

 

そして、今の自分に一体何が残っているのか。

 

今の自分はもう何もできない。

 

一体なんだったんだ、と。

 

ガチガチのパワームーバーの大多数は、音を聞いて踊るという概念が希薄で苦手意識を持っています。

音を聞いて感情を露わにするような動きをする代わりに、彼らは暴力的なまでに研ぎ澄まされたパワームーブで自分を表現します。

ある意味究極の照れ屋さんとも言えるでしょう。

そのためにパワームーブからスタイルへ移行する、ということがなかなかできません。

踊る=パワームーブという概念が長年によって染みついているためスタイルをやることに異常なまでに抵抗感を感じています。

稀にガチガチのパワームーブからスタイルへ転向しても、無味無臭というか淡泊で味気ないムーブをすることが多いのは彼らの精神性から来てるのかもしれません。

 

パワームーバーの抱えている影というのは存外に濃く、暗いのではないでしょうか。