読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

bboyの本質

bboyの本質について

 

それぞれに考えがある中での個人的な見解です。

 

遊びの部分こそbboyの本質だと個人的には思っています。

 

ガチガチに固めたセットムーブ

 

正確無比なパワームーブ、スキル

 

勝つためには非常に重要で、そもそもバトルで相手を叩き潰しにいくんだから当たり前だろ!と怒られそうな勢いですが、案外思い返してみると「遊んでいる」場面の方が記憶に残ってたりします。

意味ありげな所作から雰囲気、なぜこの人はこのタイミング、この技、この音で遊んだんだ?と勝手に意味を深堀りしてしまう感覚。

勝ち負けの次元ではなく、よりbboyらしさを追及している姿勢。

 

毎回ガチガチなセットムーブをする人であればジェスチャーまで通り一辺倒で想定内で収まるため、「あ、今日はちょっとセットミスッたな」とか「いつもよりフリーズ止まったな」くらいの間違い探し気分であまり気負いせず見れるんですが、「遊び」をわかってる人だと「今回は何するんだ?」という期待と「何の意味があるんだ?」という問題提示をされている気がしてきます。

もちろんある程度の実力があっての遊びなのでそこは勘違いしてほしくはないのですが。

 

各々が思うbboy像を遊びで体現すること。

 

遊び、というとふざけているような印象を与えてしまいますが、その人自身が持つアイデンティティ、所作の部分とでも言えばいいんでしょうか?

 

フロアーへの出方、はけ方に始まりムーブ中の良い意味での違和感などなど、、、

 

「あれ?なんだ今の?さりげなくかっこいいぞ、、、」という感覚。

 

こういった遊びの部分にbboyの本質があるんじゃないかな、と思っています。

 

なので、猫も杓子もやってるムーブ終わりの「来いよ」みたいなジェスチャーは大嫌いですね。

ムーブと関係無いとこまで何の主張も無しにみんなと横並びかい、と。