読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

bboyにとってのオリジナルとは

 Youtubeで日々アップロードされているイベント動画を見るとオリジナルムーブに溢れており、まだまだbboyingには大きな可能性が潜んでいるんだなと胸を打たれる一方で、さて、周囲に目を向けてみるといやいや、、、それは思い違いか、、とうなだれた経験はないだろうか?

 

「オリジナルって何それ?食べられるの?」

 

と言わんばかりに動きから服装から丸パクリのbboyである。

 

開き直っているのか、バレていないと思っているのかは定かではないがもう丸まんまそのままというパクリを越えて劣化コピーになっているbboy達が一定数存在する。

 

「あのbboyに影響受けてるんだな~」

 

というのはほぼ100%伝わるもので、程度も様々ではあるが、例えばトップロックやフットワークなど一部にそのエッセンスを混ぜ込んでいるものから前述の完全コピーを目指している者など影響の表れ方は多岐にわたる。

 

影響を受けること自体は悪いことではなく、むしろ個人、集団、文化全体のブラッシュアップには欠かせないもので非常に重要なものである。

 

しかし、影響というのはあくまで自分というオリジナルな存在がある中に波紋を広げるための一滴であるに過ぎない。

 

そうした始まりの一滴が、気が付くと自分の全てを満たす状態になっていることが問題なのである。

 

パクリ、コピーは非常に魅力的でプライドの無い人間はつい流されがちになる。

 

自分で考える必要が無く、かつ価値のあるものが短時間で自分のものになるからだ。

 

バイトやコピーが嫌われる原因がそこにある。

 

自分で考えたくないという怠惰、すぐに真似をしてしまう気概の無さ、そして自分というオリジナルの可能性を排除してしまうプライドの無さ、そうしたものがコピーやバイトをすることによって透けて見えてしまいbboyがbboyたる由縁を自ら冒涜しているからである。

bboyとしての精神性を疑われるような行いであるがゆえに蔑まれる対象となるのである。

 

ネクストステップへの足がかりとしてコピーをするならば、それは練習だけに留め本番では絶対に使わないことだ。

 

そうすることでbboyとしての品格は保たれる。

 

だが、誘惑に負けコピーをし始めたらもう止まらないだろう。

 

いずれファッションbboyという不名誉な烙印を押されることになる。

 

 

と言うのは判断基準が明確に定まってない以上言い過ぎかもしれないが、1つ自分のストッパーとして常に頭の片隅に置いておくことはbboyでい続けるために重要かつ有効なことかもしれない。